鈴木ヒラク
20年前に、拾った枯葉の葉脈で最初の記号を描いた時から現在に至るまで、自分にとって作ることは、世界を新しく把握し直すための発掘行為であり続けている。もっと遡れば、採取した環境音を素材としてダブと呼ばれるような音楽を作っていた頃から、それは始まっていたのだろう。しかしある時点で、既にある世界の断片を発見したり再配置するだけではダメで、もうひとつ別の言語を作る必要があると気づいた。それで世界の欠片自体のねつ造を試みるようになった。それはキスよりも先にキスマークを存在させるような行為であり、いつも意味よりも痕跡が、物質より反射が、ポジよりネガが先に来る。音の痕跡だけで作られたアーサー・ラッセルの音楽作品「ワールド・オブ・エコー」のように、ダブという手法は、かつてあったはずの/これからあるはずの世界を暗示するのだ。
それで自分は、シルバーなど、光の現象によって物質性や意味を一旦消し、ものごとを反転させるようなメディウムを使い始めた。例えるなら、それまでは路上で拾った針穴から外の光を覗いていたのが、今度はその針穴に外から光の糸を通すようなベクトルが生まれたわけだ。そして最近は、描く行為の集積が、だんだんと「織る」行為に近づいてきた。瞬間的な即興の身振りによって次々に生まれる記号の断片が撚り合わされ、ある秩序が、織物のように浮かび上がってくる。つまり、別の言語を使って長いテキストを書くような試みが始まったと感じている。
2019年11月
東京都現代美術館での”MOTアニュアル2019 Echo after Echo:仮の声、新しい影”展に寄せて
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