シルバーマーカー

鈴木ヒラク

 いつからか、シルバーで描き始めた。時々、自分が一本のマーカーになったような気がした。それでとにかく描いていたら、ここまで来た。これから場所や時代が変わっても、自分は描いて生きていくのだろう。

 大切なのは、常に新しい起点を見つけ、それに駆動されようとすること。決して、同じ形を繰り返さないことだ。かと言って、真新しいアイデアを思いつこうと努力するのも違う。自分がやるべきことはいつも、ここまで進んできた道の2m先の地面に、ゴミや犬の糞などに混ざって、ちょうどいいサイズの小石のように落ちている。前や上ばかり向いていたら、それらのヒントを見過ごす。

 尊敬する友達と馬鹿話をしたり、真剣に議論して、悩みや喜びを分け合って抱きしめて別れた、ヒンヤリとした夜の帰り道に、そういうものを見つけたりする。しばらく聞いていなかった音楽の中や、長らく閉じていた本をふと開いた時に、何かを新しく見つけることもある。

 そこからまた描き始める。対象の表面を触り、匂いを嗅ぐ。耳を澄ませる。変化し続ける目の前の風景の、ただ一点に集中する。光る刃物のような、たっぷりと鉱物の粉を含んだシルバーマーカーの芯の先端を突き刺す。そこは全てが反転する矛盾の場所でもある。まるでそこ以外に生はないかのようなその一点、その瞬間から、どこまで遠くへ掘り進められるか。

 それは同時に、今ここから離れた遠くの場所で起こっていることや、今ではない過去の時間に起こったこと/これから先に起こり得ることにヴィヴィッドであろうとすることを意味する。日々のニュースが精神の底に鋭く重く沈殿する。しかしその痛みも掘り進むための原動力になっている。新しい方法で世界を把握するための別の言語を作るには、淡々と進めていくしかない。

 マーカーの先から生まれた点が動き、線になった。上空から見た川のようだ。水面が光を乱反射している。近くに人影が見える。川辺で文字が発明され、新しい文明が始まった。一瞬、自分の子供の頃の記憶がチラつく。言葉を覚える前の記憶。さらに線は地層の奥へと進み、人間以外の世界、鉱物、惑星の記憶、そして未だ来ていない記憶を辿る。

 全ての点と線の軌跡の集積が、光を反射して、網膜に残像を焼き付けていく。

 シルバーのインクは、架空の銀塩写真の現像液なのかもしれない。それは過去ではなく、常に今を現像し続ける。

2019年11月
作品集”SILVER MARKER Drawing as Excavating”に寄稿

 

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