作家解説

窪田研二(インディペンデントキュレーター)

 音楽・ファッションなど、他ジャンルとのコラボレーションや、国内外でのライヴ・ベインティング、旅先の路面をフロッタージュ*した作品などを制作してきた鈴木ヒラクは、これまで「ストリート・アーティスト」の印象が強かったが、実際に彼の創作活動の核心をなすのは、ドローイングと絵画である。彼のドローイングシリーズ(GENGA)(「言語」と「銀河」、そして「原画」を意味する)は1,000枚以上におよぶものだが、いずれもA4のコピー用紙にマーカーで幾何学的、もしくは有機的なラインが描かれている。ドローイングの多くは、街中で見た看板や路上のサインなどからインスピレーションを受けており、それらが鈴木の頭の中で再構築され、象形文字のごとき形態として生まれてくるのだ。

 一方で、鈴木の絵画作品は街中に落ちている枯葉の葉脈の中心線を繋げ、それらを画面に定着させ、その上から土を塗り込んだのち、葉脈を「掘り出す」作業によって成立している。それらの絵画はまるで発掘された遺跡のような新鮮な驚きと、古代の記憶を喚起させる神秘性とを獲得している。また彼が手がける壁画においては、作家が感じ取るその場所の空気感によって描かれる図像が決定されるが、それらは膨大なドローイングから生まれたラインの強さと、直感的なインスピレーションが出合うことによって、巨大なスケールとしなやかさとを生み出すことに成功している。

 このように鈴木ヒラクの表現は、人工物・自然物の境界を超え、街中のあらゆる事物から遠い過去の息吹や記憶を発見し独自の作法によって作品を創造している。ストリートにおけるすべての事象、考古学的な興味、そして美術。これらのハイブリッドな結晶によって誕生する作品からは、遠い過去から今現在における「場」や「事象」の記憶を、未来へと繋ぐ創造的媒介者であり続けようとする鈴木の迷いなき意志が感じられるのだ。

*紙を凹凸のある素材にあて、表面の模様を鉛筆などで擦って写しとる技法。

2010年1月
森美術館「六本木クロッシング2010展:芸術は可能か? 」カタログに掲載

 

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